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東京地方裁判所 平成7年(ワ)15676号 判決 1996年12月20日

原告

門間隆則

右訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

加納小百合

被告

東京ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役

飯田克己

右訴訟代理人弁護士

齋藤祐一

主文

一  被告は、原告に対し、金一九三万〇五〇〇円及びこれに対する平成八年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四八八万五五一八円及びこれに対する平成八年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

被告の従業員であった原告が、退職にともない被告が行うべき諸手続を直ちに行わなかったために、再就職の時期が遅れる等したとして、労働契約上の債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めている事案である。

一  前提となる事実(括弧内に証拠の記載のあるもの以外は争いのない事実)

1  被告は、農産物、ゴム、繊維等の商品取引の売買並びに受託業務を行う会社であり、原告は、昭和五九年ころ被告に入社し、平成七年二月ころ被告の第二日本橋支店長であった。被告及びオリエント貿易株式会社(以下、訴外会社という)は、いずれも社団法人日本商品取引員協会(以下、協会という)の会員である。

2  協会は、会員の先物取引関係業務に従事する者(以下、従業員という)の会員間の移動に関し、会員間の不公正な競争を防止するために必要な事項を定めることにより、業界の秩序を保持し、委託者の保護に資することを目的とした「従業員の移動に関する規則」(以下、本件規則という)を制定しており、本件規則は第三条一項において、会員間における移動を希望する従業員の前雇用主に対し、別紙記載のとおりの手続(以下、本件手続という)を行うことを要求している他、同条三項において、新雇用主は、第一項に規定する前雇用主の手続が完了していなければ、当該採用予定者を採用してはならないことを定めている(<証拠略>)。

3  被告は、従業員の退職に関し、就業規則で次のように定めている(<証拠略>)。

二〇条一項 従業員が自己の都合により退職しようとするときは、少なくとも一四日前までに退職届を提出しなければならない。

一九条 従業員が次の各号の一に該当するに至ったときは、その日を退職の日とし、従業員としての資格を失う。

一号 本人の都合により退職を願い出て、会社の承認があったとき、または退職願提出後一四日を経過したとき。

4  被告は、平成七年三月末の時点で、原告に対する退職金、平成七年二月二一日から二八日まで賃金(八〇四五円)、旅行積立金についての支払、社会保険の資格喪失手続、商品取引所に対する外務員の登録抹消申請手続をしていなかった。

5  原告が平成七年五月二二日、被告に対して別紙記載の本件規則三条一項各号に規定する手続を行うことを求める仮処分を申し立てたところ、同年六月二九日にこれを認める決定(以下、本件仮処分決定という)が出され、さらに原告が同年七月一三日に右仮処分決定に基づく間接強制を申し立てたところ、同年九月四日にこれを認める決定がなされた。

6  被告は、平成七年一〇月二五日、原告についての外務員登録抹消申請手続を行い、訴外会社は、同年一一月一三日に同会社の外務員として原告を登録した。また、被告は、原告に対し、同年一二月一二日に退職金を支払い、平成八年三月七日に未払賃金及び旅行積立金を支払った。

二  争点

被告が速やかに原告の退職に関する手続をとらなかったことが、債務不履行又は不法行為に該当するか、また原告には損害が発生しているか。

三  当事者の主張

(原告)

1 原告は、平成七年二月二八日ないし三月初めころまでに、被告を退職した。しかしながら、被告は、右退職の時点で、退職金、賃金の一部、旅行積立金を支払わないばかりか、社会保険の資格喪失手続、商品取引所に対する外務員の登録抹消申請手続等の別紙記載の本件規則三条一項各号に規定する手続を行わなかった。

2 原告は、平成七年三月一日から訴外会社に就職し、同年四月一日から訴外会社で次長職に就任することが決まっていた。しかし、被告が別紙記載の本件規則三条一項各号に規定する手続を行わなかったため、訴外会社が本件規則三条三項により原告を雇用できず、原告は、本件仮処分決定の翌日である同年六月三〇日になり、訴外会社に雇用された。また、訴外会社では外務員としての登録ができなければ原告を次長職として待遇することができなかったところ、被告が同年一〇月二五日に原告についての外務員登録抹消申請手続を行い、同年一一月一三日に訴外会社の外務員としての登録ができたため、原告は、同年一二月一日から次長職に昇進した。

3 被告には、別紙記載の本件規則三条一項各号に規定する手続を速やかに行うべき義務があったのにもかかわらず、これを前項に記載した時期まで行わなかったため、原告は、<1>予定どおり就職していれば得られたはずの平成七年三月一日から六月二九日までの給与(月額四三万五〇〇〇円)相当額一七二万五五〇〇円、<2>予定どおり次長職に就任していれば得られたはずの四月分から一一月分の次長職と内勤との給与差額(月額一八万七六五〇円)相当額一五〇万一二〇〇円、<3>同年五月三一日に次長職として訴外会社に在籍していれば得られたはずの賞与相当額六五万八八一八円、<4>退職手続が遅れたことにより不安定な状態に置かれたことに対する慰謝料一〇〇万円、以上合計四八八万五五一八円の損害を被った。

(被告)

1 原告が平成七年三月初めころまでに被告を退職したことは否認する。原告は、被告在職中から訴外会社への転職を準備していたところ、平成七年二月ころには被告から転職を中止するように説得を受けていたが、同年三月一日以降被告に出勤しなくなった。

2 被告は、原告が訴外会社へ転職する可能性が大きかったこと、他にも被告から訴外会社への転職者が多発していたことから、平成七年三月二八日、協会に対し、本件規則五条(従業員の移動に関して会員間で生じた紛争に関して協会が仲介を行う旨の規定)に基づく仲介の申出を行った。協会が右申出に基づく仲介手続に入ったため、訴外会社は、同年四月一七日、原告の入社を保留した。訴外会社と被告は、同年六月ころ、協会を介して協議を続けていたが、同年九月一三日ころ、協会は被告に対してこれ以上仲介を行うことはできないことを通知した。

3 被告が原告の退職に関する手続を行わなかったのは、協会による仲介が行われていたからであり、何ら違法な行為ではないし、訴外会社も、協会の仲介を受け入れており、協会が仲介を打ち切る以前には原告が訴外会社に就職することはできないから、原告主張の損害は発生していない。また、仮に右が認められないとすれば、原告は、平成七年三月ころから訴外会社に就職しており、原告主張の損害は発生しない。

第三争点に対する判断

一  原告が被告を退職するに至る経緯等について、証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、平成六年七月ころ、被告の岡田部長に対して辞表を提出したが、岡田部長と猪股常務から強く慰留されたためにこれを撤回し、同年一〇月ころ、猪股常務との話の中でも退職を申し出たが翌年二月までは辞めないように強く言われたため、これを受け入れた。

2  原告は、被告を退職しても後任の者に迷惑がかからないように売買の確認書類をとりつける等して引継ぎ業務を行いながら、平成七年二月ころまで仕事をしていたが、同年二月半ばころ、被告の木本統括店長に対し、同月二八日で退職する旨の辞表を提出したところ、翌日になって岡田部長から退職を考え直すようにとの申入れがあったが、これを受け入れることはしなかった。

3  原告は、平成七年三月一日、同日付けの退職届(再度書いたもの)、健康保険証、顧客引継用の内容説明の書面及び社員章等を自己の机の中に入れて退社し、以後は被告に出勤していない。

以上の事実及び前記前提となる事実3(退職願提出後一四日を経過したときは退職となる旨の就業規則の定めがあること)によれば、原告は、平成七年二月半ばころに退職届を提出しているから、被告が退職を承認してはいないものの、就業規則の定めにより、遅くとも平成七年三月初めころには、被告を退職した旨の法的効果が発生したものと認められる(なお、被告は原告が業務の引継ぎを行っていない点を主張するが、具体的な引継ぎ未了事項に関する主張立証がないうえ、仮に何らかの引継ぎ未了事項があったとしても、被告の就業規則の下においては、これのみにより退職の法的効果の発生を妨げるものではない)。

二  前記前提となる事実4及び6並びに証拠(<証拠略>)によれば、原告が被告を退職したものと認められる後の平成七年三月末の段階では、被告において、商品取引所に対する外務員の登録抹消申請手続、社会保険の資格喪失手続、退職金支払手続等はなされておらず、外務員の登録抹消申請手続は平成七年一〇月二五日、退職金の支払手続は同年一二月一二日になって行われ、社会保険の資格喪失手続も少なくとも平成七年七月一二日の段階では行われていないことが認められる。ところで、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、労働契約上、被告は、使用者として原告が退職した場合には速やかに商品取引所に対する外務員の登録抹消申請手続、社会保険の資格喪失手続、退職金支払手続等を行うべき義務があるというべきであり、これを速やかに履行しなかった被告には債務不履行があるものと認められる。

ところで、被告は、右諸手続が遅れた理由として、原告が訴外会社へ転職する可能性が大きく、他にも被告から訴外会社への転職者が多発していたことから、協会に対し、従業員の移動に関して会員間で生じた紛争として被告と訴外会社との間の仲介の申出を行い、協会による仲介手続が行われていたことをあげている。しかしながら、右仲介手続は被告と訴外会社間の問題であり、前述のとおり平成七年三月初めの段階で退職していると認められる原告に対する関係において、右諸手続を遅らせるべき正当な理由とならないことは明らかであり、被告の主張は理由がない。

三  被告の右債務不履行に基づき原告に発生した損害について検討する。

1  前記前提となる事実2及び5並びに証拠(<証拠略>)によれば、原告は、訴外会社との間で平成七年四月一日から就職する旨の合意ができていたが、被告が前記諸手続を行わなかったため、訴外会社に本件規則三条三項(新雇用主は前雇用主が別紙記載の本件規則三条一項各号に規定する手続を完了していなければ当該採用予定者を採用してはならない旨の内容)により採用を留保され、本件仮処分決定の翌日である同年六月三〇日に至ってはじめて就職できたことが認められる(なお、被告はこの点について、原告は訴外会社に平成七年三月には就職していた旨の主張をするがこれを認めるに足りる証拠がない)。ところで、被告は、協会が従業員の移動に関する会員間の紛争として被告と訴外会社との間の仲介手続を行っていたこと、訴外会社も協会の仲介手続を受け入れていたことから、協会が仲介手続を打ち切る以前には原告が訴外会社に就職することはできないから損害も発生しない旨を主張する。証拠(<証拠・人証略>)によれば、平成七年六月ころ、協会が従業員の移動に関する会員間の紛争として被告と訴外会社との間の仲介手続を行っていたことは認められるものの、前述のとおり原告が平成七年三月初めの段階で被告を退職していると認められる以上、右仲介手続が行われていることが訴外会社と原告との間の合意に影響を与えるものではなく、協会が仲介手続を打ち切る以前には原告が訴外会社に就職することはできないとの被告の主張は理由がない。

したがって、原告が予定どおり就職していれば得られたはずの平成七年四月一日から六月二九日までの月額四三万五〇〇〇円の給与(<証拠略>)相当額一二九万〇五〇〇円(四三万五〇〇〇円の二月分及び四三万五〇〇〇円の三〇分の二九の合計)は賠償すべき範囲内の損害であると認められる。

2  原告は、予定どおり次長職に就任していれば得られたはずの四月分から一一月分の次長職と内勤との給与差額(月額一八万七六五〇円)相当額一五〇万一二〇〇円が損害である旨主張する。前記前提となる事実6及び証拠(<証拠略>)によれば、訴外会社は原告を外務員として登録することを前提に平成七年四月一日から次長職として待遇する予定であったこと、被告が同年一〇月二五日まで原告の外務員としての登録抹消の手続を行わなかったため、原告を訴外会社の外務員として登録することが出来ず、訴外会社としては同年一二月一日まで次長職ではなく内勤職員として扱わざるを得なかったことが認められる。しかしながら、訴外会社が被告に対して原告を採用予定者とする事前調査を行ったのは平成七年三月二八日であること(<証拠略>)、本件において被告が同年一〇月二五日に原告の外務員としての登録抹消申請を行ってから、現実に訴外会社が原告を外務員として登録できた同年一一月一三日までには二〇日程度の日数がかかっていること(前記前提となる事実6)を考慮すると、被告が原告の外務員としての登録抹消手続を原告退職後速やかに行ったとしても、同年四月一日の段階で原告が訴外会社の外務員としての登録ができたとまでは認めるに足りる証拠がない。したがって、右登録ができない以上、同年四月一日の段階で原告が訴外会社の次長職としての待遇を得ることができたとまでは認めるに足りる証拠がない。もっとも、訴外会社の人事異動の時期が四月一日、八月一日、一二月一日の年三回であること(<証拠略>)を考慮すると、被告が原告の外務員としての登録抹消手続を原告退職後速やかに行っていれば、原告は、同年八月一日からは訴外会社の次長職としての給与(<証拠略>、五九万五〇〇〇円、但し通勤手当及び持株奨励金については次長職自体として得られる給与ではないから控除して計算したもの)が得られたものと認められるから、内勤職(<証拠略>、四三万五〇〇〇円)との一一月末日までの四か月分の給与の差額(月額一六万円)相当額の合計六四万円が賠償すべき範囲内の損害であると認められる。

3  原告は、平成七年五月三一日に次長職として訴外会社に在籍していれば得られたはずの賞与相当額六五万八八一八円が損害である旨主張する。しかしながら、前述のとおり、被告が原告の外務員としての登録抹消手続を原告退職後速やかに行ったとしても、平成七年五月三一日の段階で原告が訴外会社の次長職であったとまでは認めるに足りる証拠がない。もっとも、前述のとおり、被告の前記債務不履行がなければ、右時点で原告が訴外会社の内勤職員であったことは認められるが、賞与については、査定にかかる以外の部分が存するか否か、仮に存するとしてもその具体的金額、賞与の対象となる勤務期間等について、これを具体的に認めるに足りる証拠はなく(原告本人は賞与の基準等について一応の供述をするが、未だ具体的に認定するには足りない)、この点についての原告の主張は理由がない。

4  原告は、被告による原告の退職手続が遅れたことにより、今後どうなるかわからないという不安定な状態に置かれたもので、かかる原告の気持ちを慰謝するには一〇〇万円が必要である旨主張する。なるほど、前述のとおり、被告の債務不履行により、原告が訴外会社等への就労が可能か否か等について不安定な状態に置かれたことは認められるものの、前記三1及び2で認定した損害の他に、法律上賠償すべき損害が発生していることを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

四  以上の事実によれば、本訴請求は、債務不履行に基づく損害賠償のうち金一九三万〇五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の後である平成八年三月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片田信宏)

別紙

社団法人日本商品取引員協会

従業員の移動に関する規則

(会員従業員経験者の採用)

第三条

一項 会員は、最近六ヶ月間に他の会員の従業員として勤務した経歴を有している者を自己の従業員として採用しようとするときは、当該採用が円滑に行えるよう、あらかじめ、当該採用しようとする者(以下「採用予定者」という。)の直前の勤務先の会員(以下「前雇用主」という。)に対し連絡し、当該採用予定者が次の各号に規定する手続きを完了し退社していることを確認しなければならない。

(1) 業務の引継ぎ

(2) 当該採用予定者が登録外務員である場合には、当該商品取引所に対する登録抹消申請

(3) 社会保険の資格喪失手続き

(4) 退職金が支給される場合は、その支払いのための手続き

(5) その他、前雇用主の就業規則に基づく退社手続き

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